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琉大病院一旦終わり

日常の事
病院の前を歩く若い女性

【体験記】IGA血管炎で三年間通院した私の記録|琉球大学病院を卒業しました

三年前の秋、突然足に“血の塊のような斑点”が現れたことから、私の長い通院生活が始まりました。
同じ症状で悩んでいる方の参考になればと思い、これまでの経過をまとめます。

発症:足に現れた異変

ある日、両足に血の塊のような赤い斑点が広がり、皮膚科を受診しました。
診察した先生からは、

「すぐに大学病院へ行ってください。紹介状を書きます」

と言われ、皮膚科の外来が開いてる最短の日数で琉球大学病院へ向かいました。

大学病院での診察と検査の日々

皮膚科の責任者の先生の診察では、

「はっきり断定はできないけれど、血管炎の一種だと思います。見た感じ、厄介なタイプですね」

と言われ、そのまま入院の準備へ。

処置室では、両太ももと両肘の皮膚を切り取る精密検査が行われ、各5針ほど縫われました。

その後、先生からは、

「痛みが増して歩けなくなると思います。入院しましょう」

と言われ、翌週すぐに入院が決まりました。

激痛との闘い:歩けなくなるほどの痛み

入院後、痛みはどんどん強くなり、3日ほどで歩行が困難に。
朝・昼・夜・深夜、時間帯に関係なく激痛が続き、ピークを越えるまでは耐えるしかありませんでした。

病名を特定するため、次々と検査が行われました。

  • 痛風
  • リウマチ
  • 膠原病

などが疑われましたが、どれも違うという結果。

皮膚科の主治医も、

「症例が少なく、はっきり分からない」

という状況で、他の科の先生の意見も聞きながらの検査が続きました。

年末に痛みが落ち着き、いったん退院

年末になる頃、ようやく痛みが半減し、歩けるようになりました。
しかし病名はまだ特定できず、不安なまま一度退院。


このまま、仕事に復帰も出来ず仕事が病院の厨房勤務だったので傷や瘡蓋がある状態では復帰も難しく痛みも続いていたので結果退職しました。

腎臓内科での検査:病名がついに判明

外来受診の際、皮膚科の先生から、

「腎臓内科の先生が検査したいと言っています。すぐ行ってください」

と言われ、そのまま腎臓内科へ。

そこで、

「IGAの腎炎を起こしている可能性があります。2日ほど入院して検査しましょう」

と言われ、再び入院。

数日後、検査結果が出ました。

「腎臓からIGA抗体が見つかりました。病名はIGA血管炎による腎炎です」

ようやく病名が確定しました。

扁桃腺の手術へ:原因のひとつを取り除くために

先生からは、

「IGA抗体は扁桃腺から出ることが多いので、扁桃腺を取る手術を行いましょう」

と説明があり、手術はハートライフ病院で行うことに。

口の中を切る手術だったため、入院中は重湯が飲み込みにくく、とてもつらい日々でした。

左足の下肢静脈瘤手術:再発を防ぐために

琉球大学病院に戻ると、左足の症状が重いため、

「このままだと炎症が再発し、IGA抗体がまた反応して悪化する可能性があります」

と言われ、左足の下肢静脈瘤手術を受けることに。

この年だけで三回の手術。
体力的にも精神的にも、本当にハードな一年でした。

一年間の経過観察、そして今日“卒業”

その後一年間、琉球大学病院で経過観察を続け、今日ついに、

「問題ないので、今後は民間の病院で経過観察を続けましょう」

と言われ、琉大病院を卒業しました。

皮膚科と腎臓内科の先生からは、

「再発する人も一定数います。あなたも再発を繰り返すタイプかもしれません」

と説明がありましたが、ひとまず三年間の区切りがつきました。

三年間を終えて:今の気持ち

長かった三年間。
痛み、不安、検査、手術…本当にいろいろありました。

まだ山あり谷ありだと思いますが、
今日ひとつの区切りを迎えられたことに、少しだけホッとしています。

同じ症状で入院している方、病名が分からず不安な方に、
この体験が少しでも参考になれば嬉しいです。

退院する若い女性

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